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2005/06/24

ほったらかしはいけません

ほったらかし

 この言葉は「標準語」なのでしょうか?多分、近畿圏でのみ使われる「方言」であると思います。言いたい事は「せっかく『ブログ』を立ち上げたんやから放置したままにせずに投稿し続けなアカンで!」という事である。

 自分でも驚きである。2005年もはや半年が過ぎ、もう折り返し地点であるが、まだ一度も投稿していないのである。自分で自分の事褒めるんはイヤであるが「アホやで、こいつ!」の世界である。

 まあ、気を取り直して、下半期は、もう少し投稿したいと思う。

 その投稿のネタ振りであるが、ここしばらく、阪神タイガースにどっぷりつかっている。ファンクラブに入り、開幕第2戦の観戦をし、こどもの日は娘と二人で甲子園に行って、真っ黒に日焼けした。8月上旬に資格試験を受けるので、今は自粛しているが、それが終わったら家族旅行で名古屋に行くので、ナゴヤドームでの阪神戦のチケットも押さえた。

 明日は、タイガースファンの友人が家に遊びに来る。すっかりトラ党になってしまった。

 もともとプロ野球に興味はなかった。高校卒業後、1990年春、広島に行き、そこで初めてカープの応援をした。翌年に優勝している。この頃カープは強かった。2000本安打を達成した野村や、今やタイガースの男になった「兄貴」金本がまだ新人の頃であった。江藤も人気者だった。でもTAMTAMはピッチャー大野が好きだった。オールスターで当時パリーグの顔だった清原や秋山を連続三振にうちとった時、真底「カッコイイ」と思った。

 95年春、大阪へとやってきた。当時はイチロー全盛期で、また、阪神大震災のあとで、オリックスが強く、また、イチローにしびれていた頃だった。神戸や藤井寺に、オリックスの試合を見に行った。セリーグよりもパリーグが面白かった。

 名門タイガースは、もうぼろぼろで見る影もなかった。そんな中「外様」野村氏が監督になり「おっ、これまでとちゃうぞ」と思った。ヤクルトを常勝軍団にした野村氏であったが、名門タイガースの立て直しをするにはちょっと角度が違っていたような気がする。妻のスキャンダルもあり、浮上できないまま、フェードアウトしてしまった。

 TAMTAMがはまるきっかけをつくってくれたのは、炎の男、星野氏であった。2003年、TVを見て、心惹かれるようになってきた。初めてタイガースにはまった。そして2004年8月、初めてタイガース主催試合を観戦した。大阪ドームでの対横浜戦であった。娘は4歳にして野球観戦デビューであった。7回裏までよく我慢して、ジェット風船を飛ばしたが、これで終わりと思った娘は急につまらない顔になってしまった。もう帰ろうと思った瞬間、サヨナラ勝ちで、勝利のジェット風船飛ばし放題!娘も上機嫌!そのあと、ドーム近くにたくさんある「沖縄料理のお店」に行って、妻も上機嫌。

 ファン間が終わった頃から友達と「開幕戦に行こう」と計画し、開幕第2戦対ヤクルト戦を観戦した。やはり大阪ドームであった。第1戦、井川背信の投球で黒星スタートとなったが、2戦目は福原が良く頑張ってくれた。またしてもジェット風船飛ばし放題で、気を良くした娘「お父ちゃん、また行きたい」。帰ってすぐにこどもの日の甲子園のチケットをキープ。対広島戦は、こいのぼりならぬ「トラのぼり」で見事勝利。聖地での初ジェット風船であった。

 甲子園では、地元から来ていたご家族の方とお友達になった。そちらのお嬢さんが娘とひとつ違いで、子供同士が意気投合して、仲良く観戦してくれた。4~5歳の子どもにとって、やはり、9回までは持たない。退屈してきてつまらなくなるのは必至であるが、二人で退屈しのぎをして、機嫌よく観戦できた。ほんま、阪神ファンはイチバンや~!

 おお、久々に投稿できた!ちょっと頑張って投稿するぞ~!

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